撮り鉄復活10年の軌跡
1969年以来35年間封印されていた鉄道趣味が仕事の転機をきっかけに2004年突如として復活しました。早いもので10年の歳月が流れ、その間に多くの方に出会い生涯の友と言える方々ともお近づきさせていただきました。この10年間は私にとっては大切な年月だったと思います。それを振り返る意味で10年間に撮影したほんの一コマをご紹介させていただきます。写真は全てハードディスクに入っている修正してないデータをそのままアップしてますのでお見苦しい点はご容赦お願いいたします。
2004年5月29日  大宮工場にて
2004年5月29日  大宮工場にて
鉄道から35年も離れていると現在走っている車両に関してさっぱりわかりません。カメラを手にしたのはいいのですが何を撮影して良いかわからず、とりあえずは近くの駅へ行くと懐かしい大宮工場で見学会があるのを知りました。
大宮工場は昭和42年に一度訪問しましたが、当日工場はお休みで見学がかないませんでした。37年ぶりに夢が叶った工場訪問、見る物珍しいものばかり、ちょうどこの時は秩父鉄道で走っているC58の全検が行われてました。
2005年1月2日上越線 水上駅にて
鉄道に関しては浦島太郎となってましたが、色々調べると昔懐かしい蒸気機関車が各地で復活しており、なんと高崎から水上まで重連で客車を牽引する列車があることを知りました。この時は撮り鉄より乗り鉄、実に36年ぶりとなる蒸気機関車の躍動を間近にし大いに興奮したものでした。
2006年3月30日 市ケ谷にて
撮り鉄復活3年目にもなると「昔取った杵柄」で撮影にもすっかり慣れ、昔なかった絵心と思い、鉄道車両中心の形式写真から少し離れ四季折々の風景も取り入れるようになりました。今から考えると当たり前のことですが、列車のアップばかり撮っていてはつまらいものです。少し余裕が出てきたのでしょうか。
2007年10月8日 南部支線にて
この日は私にとって歴史的な記念日です。65の500番代に出会えたからではありません。この日は生涯の友となった方との初めての出会いの日でした。この日をきっかけにオフ会にも参加させていただき、また1レ、2レや500系の撮影では毎週のようにご一緒させていただくようになったのです。いまでこそ私の都合で撮影する機会は少なくなってしまいましたが、生涯お付き合いさせていただける友と出会えたのは私の人生にとってこの上ない幸せなことです。
2008年8月22日 津和野にて  念願の展望車に乗る
この日をどんなに待ち望んだことでしょう。「展望車」を名乗っている割にはホームページが表題負けしており実際に展望車に乗ったことがなかったのです。乗るのも初めてですが、横浜駅で見た展望車といえば昭和35年の話、実に48年ぶりに見た展望車。乗車する山口駅でマイテ49を見たときは興奮して卒倒するのではないかと思ったほどです。乗車記はホームページ上に掲載されてますのでゆっくりご覧いただければと思います。
2009年10月24日 有楽町の居酒屋にて
オフ会を通じて知り合ったもうひとりの友、鉄道だけではなく私と同じ音楽趣味を持っておられ意気投合しました。俯瞰撮影、夜間撮影に凝っておられかず数えられないほどご一緒させていただきました。そのなかから会心の一撃とも言える写真がこの写真です。場所は有楽町の居酒屋、入ったことがないのでどんな風景が見られるかは不明でイチかバチかの入店でした。結果はご覧のとおり、人も羨むこの写真、私が自慢できる唯一の写真となりました。
2010年2月11日 フォーシーズンズホテル レストランより
先のお方と俯瞰場所を物色して行き着いた所が東京駅近くの高級ホテル。「たぶんあそこからなら」とかねがね思ってましたが、実際これほど素晴らしい眺望とは思ってもみませんでした。この光景を撮影できるのは広いレストランの一角の座席のみです。しかも500系を撮影できる時間は限られており当時の時刻表では完全逆光の時間しか500系は来ません。そこで考えたのが我々の休める土日、しかも晴れていてはまともに撮れないので曇天若しくは雨天。その結果当日はご覧のような曇り空、5000円近くもするランチでしたが拝観料としてはとても安く感じました。
2011年5月1日 東京駅にて
悪夢のような大震災、私たち夫婦は震災の翌日に仙台へ着く「やはぶさ」の切符を持っていました。もし仙台行きが一日早かったら、もし震災が一日遅く来たら、、、、。震災のことを思うと人間の運命とは何かと痛切に感じました。乗り損なったE5、未だに乗ってませんが素晴らしい車両に乗って良い旅をしたいものです。
2011年10月9日 阪急梅田駅喫茶室にて
私の展望車好きを支えていただいてる方との出会いは5年前の東京駅でした。それまではメールを通してのお付き合いでしたが、所用で上京されるということをお聞きしたので僅かな時間でしたが東京駅へ出向きお会いしてきました。ホームで初めてお会いしたときはまるで旧友との再会のように自然なものでした。初めて会ったのに違和感を感じないというのは「展望車」を通じて心がひとつになっていたのでしょう。
その翌年は家内が宝塚劇場を現地で見たいというので大阪まで同行。私は宝塚へは行かずに梅田駅でオフ会。東京駅でのつかの間の時間とは違ってたっぷり半日をたーサンと募る話をさせていただきました。これをきっかけに以後たーサンとは色々な意味で深いお付き合いをさせていただいております。
2012年3月25日 日暮里 谷中墓地にて
撮り鉄が復活してから色々な車両が引退していきました。しかし、引退すれば必ず新しいものが登場します。身近な京成電鉄では新型のスカイライナーが登場。一部区間を160kmというスピードで走ります。新しいものといえばスカイツリー、その昔建設中だった東京タワーを見た者にとっては第二の東京タワーです。建設中のタワーを二度も見たというのは私もお年寄りのお仲間入りということでしょう。
2013年5月3日 新橋にて
この日は久しぶりのオフ会でした。E231系のラッピングカーを追いかけた一日。山手線がひと周りしてくるのが約60分、一度撮影すると次に回ってくるまでの時間、鉄道施設を巡ったり喫茶店でコーヒーを飲んだり、いつまでも会話は尽きません。
2014年3月15日 王子 北とぴあ にて
還暦と共に人生初の手術を経験してからすっかり体力が落ちてしまいました。現在はすっかり良くなっているのですが、数年前まで重い機材を担いで飛び回ったのが嘘のようです。この数年は鉄道より音楽の比重が大きくなっていますが、根っからの鉄道好きはそうやすやすと根絶えたりしません。もう少しで退職するつもりですので、晴れてリタイヤしてからは音楽とともに鉄道趣味も手広くやっていきたいと思ってます。坂本 衛様よりの直伝、「交流運転」を大いに実践していくつもりです。


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